うるさくもない朝

とても美しい花がときどき咲いては枯れる砂漠

十一月

 三日坊主にさえならず、「四月」を最後にブログを書かなくなったのは、何より私が私のことをよく分からなくなっていたからだ。何を語るかより前に、語る私が何者かを分からなければ、書き留められる言葉は現れないと思う。キャラクターの居ない小説みたいに、風景と、幽霊だけの映る映画みたいに。

 最近は少しだけ、私は前より私のことを分かるようになった。考える時間だけは多くあったからだと思う。それか、寒くなってお気に入りの、冬物の丈の長いコートを着れるようになったからかもしれない。コートを着てる冬のあいだ、私は私の像をそれ以外の季節より上手く認識できている気がする。袖の無い服を着てる間は型崩れしたゼリーのような気持ちでいた気がしてくる。

 

 何をするにも、私は青と白と黒色の組み合わせが昔から好きだ。お気に入りのコートは黒色だし下に着てるセーターは白。青いマフラーがあれば完成かもしれない。最近になって、私の生まれたこの街も、構成しているのはおよそその三色であると思い始めた。海と、冬にだけ降る雪と、それ以外を覆う夜の黒。あるいはその隙間に灰色だけが入り込んでいる。心が目で見た外の色を写しとってその色になっているのかもしれない。心は私以上にこの街を好いているのかもしれない。

 

 このように、思いつきを書いていって、気が済んだら締めます。重要なことは何も書かないし、重要なことなんてここにはおよそ何もありません。*1

 

*1:これは、口を滑らせていて、何かを言い過ぎているかもしれない

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四月について

花が、自重で落ちてくるのを見ていた。

 

四月。私は、君が正しかったのだと気が付いた。君というのは、大学時代に友人だったU君だ。

「人は本質的に孤独な生き物だけど、その割には孤独を嫌うよね」

私はU君にそう言われて、うるせーなこいつと思ったが、出来るだけ柔らい物腰で答えた。

「いや……本質的に孤独だからこそ、孤独を嫌ってるんじゃない? 人は孤独という本質から逃れるために、それを忘れるために、集まって身を寄せてるんだと思うよ」

「あー、それはそうかも」

私たちは部屋でテレビを見ながら、何をするでもなく時間を溶かしていた。

三月の終わりの夜だった。大学が卒業に迫り、私は卒業制作を、Uは卒論を出し終わってやることもない。ただ無意味な時間を、出来る限り無意味な方法で溶かすための会。通称「溶かそう会」が開催された。場に酒類は無かった。どちらも下戸だったからだ。テーブルの上には、二リットルのポカリが二本乗っていた。「副反応に備えてめっちゃ買ったら余ったんだわ」。そう言ってUが持ってきた。私が買っておいたポテチの関西醤油と食い合わせると、それらは互いがビビるぐらいマズくなった。私たちは合理的に、それらを食い合わせず分担して食べていくことに決めた。

「本質的に孤独って話だと、旧エヴァでさ」

私は自分の担当であるポテチをかじりながら、思い付きで適当に話に枝葉を付けた。

まごころを君に?」

「そうそう。孤独を考えるとき、あれはそういう話だったなって私いつも思い出すんだけど」

「どゆこと」

「なんていうか、シンジ君がアスカの(旧劇についてのネタバレを避けるため割愛)」

Uは、まあ。あのラストはそういう解釈は可能かもなと答えた。

「俺はそうは感じないけど」

そう付け足したUに、私はちょっとムッとしたが何も言わなかった。

Uは、そのときテレビにふと目をやった。小さな画面では、深刻化しつつあった世界情勢についてニュースが流れていた。

エヴァで言うとさ」

そう言うと、Uは紙コップに入ったポカリを飲み干して、少しの時間黙った。Uは既にポカリをボトル一本分飲み切っていた。まるで会話の間を繋ぐように、かなり頻繁に飲んでいた。空のポカリは一本、彼の足元に転がっていて、テーブルに残った二本のポカリは、正確には二本目と三本目のポカリだった。

「俺たちがさ、こうしてるのがいつか特別になるみたいな」

「……?」

「なんかそんな台詞なかったっけ。この場所を好きでいられるか、みたいな」

「それエヴァ?」

エヴァじゃなかったかも」

後から調べてみると、彼が引用したのはおそらくこの台詞だったのだと思う。

「楽しいこととか嬉しい事とか、全部変わらずにはいられないです。それでも、この場所を好きでいられますか?」

CLANNAD -クラナド-(アニメ版)』第一話より

おい。エヴァCLANNADを取り違えることがあるか? 私はこの取り違えに気付いて、心底Uの適当さに呆れた。彼はおぼろげに物を覚え、おぼろげに話す癖があった。大学の四年間の付き合いで、そのことは分かっていた。私は彼のそういうところには呆れて果てていた。

しかし、だからこそ私たちは、あの日、あの場所で二人で時間を溶かしていたのだろうと、今になると思う。彼の記憶はおぼろげだったし、私はある意味でおぼろげに存在していた*1。互いの気を紛らわすには、私たちは互いをちょうど都合よく思っていた。

「でもさあ。この時間が特別とか言わないで欲しいよな。そんな寂しい事さ。分かり切ってるじゃん。本質じゃん。やっぱり本質って嫌なもんだな。お前の言ってること正しかったわ」

「そういうことよ」

彼は眠そうな目で、テレビをずっと見ていた。凄惨な世界のニュースを耳で聞きながら、私は彼の顔を、盗み見るように見ていた。

「特別ではない時間って、きっと無いんだよな」

彼が呟くように言った。彼は、その場で感じたことだけは、率直に、明晰に話した。私は彼の、そういうところが好きだった。ポテチを食べきった後、二人は残りのポカリを飲みきるまでは一緒に居た。あとは、記憶にも残らない程度のやり取りをして解散した。Uは、四月で公務員になった。遠い土地で働いている。彼からの連絡は今日まで無い。私も、特に連絡するほどの用事が浮かばないので、彼に連絡はしていない。私たちの関係性は、そのように終着している。この先、彼からいつか連絡が来るのかは分からない。

 

花が自重で枝ごと折れて、地面に落下するとき。きっとそこに音はしないだろう。

私が垂れ下がる花を見て、連想したのはそのことだった。

*1:なぜなら、私は四月に大学を辞めたら、その後は「漫画家志望」という道なき道を目指すのが確定していたからだ。有り体に言えば無職だ。六月現在、私は原稿の気晴らしにこの文章を書いていた。既に、おぼろげな現実は大いなる不安に変わりつつある