うるさくもない朝

とても美しい花がときどき咲いては枯れる砂漠

四月について

花が、自重で落ちてくるのを見ていた。

 

四月。私は、君が正しかったのだと気が付いた。君というのは、大学時代に友人だったU君だ。

「人は本質的に孤独な生き物だけど、その割には孤独を嫌うよね」

私はU君にそう言われて、うるせーなこいつと思ったが、出来るだけ柔らい物腰で答えた。

「いや……本質的に孤独だからこそ、孤独を嫌ってるんじゃない? 人は孤独という本質から逃れるために、それを忘れるために、集まって身を寄せてるんだと思うよ」

「あー、それはそうかも」

私たちは部屋でテレビを見ながら、何をするでもなく時間を溶かしていた。

三月の終わりの夜だった。大学が卒業に迫り、私は卒業制作を、Uは卒論を出し終わってやることもない。ただ無意味な時間を、出来る限り無意味な方法で溶かすための会。通称「溶かそう会」が開催された。場に酒類は無かった。どちらも下戸だったからだ。テーブルの上には、二リットルのポカリが二本乗っていた。「副反応に備えてめっちゃ買ったら余ったんだわ」。そう言ってUが持ってきた。私が買っておいたポテチの関西醤油と食い合わせると、それらは互いがビビるぐらいマズくなった。私たちは合理的に、それらを食い合わせず分担して食べていくことに決めた。

「本質的に孤独って話だと、旧エヴァでさ」

私は自分の担当であるポテチをかじりながら、思い付きで適当に話に枝葉を付けた。

まごころを君に?」

「そうそう。孤独を考えるとき、あれはそういう話だったなって私いつも思い出すんだけど」

「どゆこと」

「なんていうか、シンジ君がアスカの(旧劇についてのネタバレを避けるため割愛)」

Uは、まあ。あのラストはそういう解釈は可能かもなと答えた。

「俺はそうは感じないけど」

そう付け足したUに、私はちょっとムッとしたが何も言わなかった。

Uは、そのときテレビにふと目をやった。小さな画面では、深刻化しつつあった世界情勢についてニュースが流れていた。

エヴァで言うとさ」

そう言うと、Uは紙コップに入ったポカリを飲み干して、少しの時間黙った。Uは既にポカリをボトル一本分飲み切っていた。まるで会話の間を繋ぐように、かなり頻繁に飲んでいた。空のポカリは一本、彼の足元に転がっていて、テーブルに残った二本のポカリは、正確には二本目と三本目のポカリだった。

「俺たちがさ、こうしてるのがいつか特別になるみたいな」

「……?」

「なんかそんな台詞なかったっけ。この場所を好きでいられるか、みたいな」

「それエヴァ?」

エヴァじゃなかったかも」

後から調べてみると、彼が引用したのはおそらくこの台詞だったのだと思う。

「楽しいこととか嬉しい事とか、全部変わらずにはいられないです。それでも、この場所を好きでいられますか?」

CLANNAD -クラナド-(アニメ版)』第一話より

おい。エヴァCLANNADを取り違えることがあるか? 私はこの取り違えに気付いて、心底Uの適当さに呆れた。彼はおぼろげに物を覚え、おぼろげに話す癖があった。大学の四年間の付き合いで、そのことは分かっていた。私は彼のそういうところには呆れて果てていた。

しかし、だからこそ私たちは、あの日、あの場所で二人で時間を溶かしていたのだろうと、今になると思う。彼の記憶はおぼろげだったし、私はある意味でおぼろげに存在していた*1。互いの気を紛らわすには、私たちは互いをちょうど都合よく思っていた。

「でもさあ。この時間が特別とか言わないで欲しいよな。そんな寂しい事さ。分かり切ってるじゃん。本質じゃん。やっぱり本質って嫌なもんだな。お前の言ってること正しかったわ」

「そういうことよ」

彼は眠そうな目で、テレビをずっと見ていた。凄惨な世界のニュースを耳で聞きながら、私は彼の顔を、盗み見るように見ていた。

「特別ではない時間って、きっと無いんだよな」

彼が呟くように言った。彼は、その場で感じたことだけは、率直に、明晰に話した。私は彼の、そういうところが好きだった。ポテチを食べきった後、二人は残りのポカリを飲みきるまでは一緒に居た。あとは、記憶にも残らない程度のやり取りをして解散した。Uは、四月で公務員になった。遠い土地で働いている。彼からの連絡は今日まで無い。私も、特に連絡するほどの用事が浮かばないので、彼に連絡はしていない。私たちの関係性は、そのように終着している。この先、彼からいつか連絡が来るのかは分からない。

 

花が自重で枝ごと折れて、地面に落下するとき。きっとそこに音はしないだろう。

私が垂れ下がる花を見て、連想したのはそのことだった。

*1:なぜなら、私は四月に大学を辞めたら、その後は「漫画家志望」という道なき道を目指すのが確定していたからだ。有り体に言えば無職だ。六月現在、私は原稿の気晴らしにこの文章を書いていた。既に、おぼろげな現実は大いなる不安に変わりつつある